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阪神・淡路大震災から22年

朝から夕方までバイト。

バイトの内容が動画を見続ける作業なので、目が疲れる……そのせいか、帰宅してから自分の作業をやる気が起きない……(一応やってるけど)。

今日は1月17日で、阪神・淡路大震災から22年経ったという。あの震災は僕がちょうど社会人になってすぐの時でした。しかも当時、在阪テレビ局で働いていたので、私生活はとくに被害も無かったですが、とにかく仕事で大混乱してたのを思い出します。

「震災を風化させないように……」「あの時の教訓を……」という言葉が、今日のニュースでも頻繁に聞かれました。ただそうした紋切り型の言葉を聞くたびに、「風化させないようにってどうやって?」「教訓って具体的に何?」と思ってしまうようになりました。例えば、関西のテレビ局は、あの時の経験はすごく教訓になったろうと思います(当時、自分達の力の無さ、備えの無さについて語られていた方が多かったですから。それに比べると、常に全国発信をしている東京のキー局の機動力はやっぱり凄い……とか。あとNHKはやっぱりすごい、とか)。そうした仕事上の事は結構すぐ思い付くんですが、でも日常を生きる僕の一般の感覚からすると、直接的に被害を被ってないせいか、22年経ったいま思うのは、どうも実は震災前と後で実はあまり変っていない気がするのです。

人間って、本当に実際に痛い目に遭わないと変わらないんじゃないか、と最近思います。でもだからこそ、実際に被害に遭われた方は、こちらの想像を絶する苦しみ、悲しみ、苦労に遭ってるんじゃないか、とも思います。それに対する想像力は働かせないといけないかな、と思います。被災者が義援金等を貰ったりすると、すぐ「逆に得したんじゃないか」とかいう発想をする人がいるけど、日常が崩れる苦しみは、そんなものでプラスに転じるほど割に合うものではない、と思うのです。